Complete text -- "■ 鯉のから騒ぎ"

11 August

■ 鯉のから騒ぎ

 まさかの快投・レイボーンの煽りを受けたのはあの男――昨夜は久々に外苑前で飲み会決行との召集令状が投げられていた。東海道線から地下鉄へと乗り換えさらに歩くこと10余分ばかり。遥々やってきた先は、なんてことはない神宮球場のヤクルトvs広島戦だった。しかし試合の印象がまるでないのは神宮の、ダイヤモンドまでが果てしなく遠い外野席からのビューだった影響もあるだろうが、やはり到着した時点ですでに0−8もの大差がついていたことが最大の要因だろう。

 遠方からやってきた私のがんばりが序盤のたった2発によって徒労に終わったことを労わる意味も含めて、仲間は歓迎の音で迎えてくれた。中でもいつになく一際異彩を放っている男がいた。

「今日はビールのことなら何でもワイに言ってくれよ」

 その表情には自信が満ち溢れている。だが一人シラフのまま何のことか把握しきれずにキョトンと佇む私もすぐにその発言の意図を察することとなった。少しすると、並んだデブ3頭を見据えて一人の売り子が階段を上がってきたのだ。

「あれ、一人増えましたね」
「頼もしい助っ人が来たよ」

 普段はネガティブこの上ないキャラで「あの歯切れの悪さは手の打ちようがない」と我々からもサジを投げられていた男が、この日は先頭に立って誰よりも積極的に切り盛りしているではないか。自分のカップにはまだ半分ほど黄金の液体が残っているにも関わらず、「3杯ちょーだい!」と誇らしげに指を差し出している。こんな笑顔は出遭ってから10年来見たことがなかった。

 ならばこちらもまな板の鯉ならぬ、厳しい逆流にその身ひとつで立ち向かう鮭のごときこの男の後方支援をするのが筋というものだろう。並々と注がれた1杯目に手を伸ばし2時間遅れの乾杯の声と同時にグイっと乾いた喉元に流し込むと、そのまま3人目のビールを慎重に注いでいる彼女に向かって空になったカップを差し出し「おかわり」の雄叫びを揚げるのだった。これで売上が伸びるとともに男の接触の機会も増え2人ともども満足だろうて。


 試合は2時間49分であっさりと終了した。最終回に広島が2点を追加したものの10得点にしては短すぎる余りにも淡白なゲームだった。そして我々の腹には男に唆されるがままにマイペースを大きく上回る何リットルものビールが樽のように実っていた。普通ならグロッキーな己を省みてこれで会もお開きになるところだが、21時前を示していた時計の針が我々を解放路線へと歩ませなかった。もう飲めもしないのに「一軒寄ってくかぁ〜」の声声声。その勢いは、私が初めて当選したスタジアム主催のくじの賞品との引き換えを見事に3人揃って忘れるほどだった。

 結局一行は外苑前駅へと至る道を進み、適当な一軒の焼き鳥屋に腰を下ろすことにした。「生3つととりわさと何たらと・・・」とオーダーするももはや「とりあえずビール」どころか押せども引けども何も動じない状態。せっかく入ったのだからこれではいかんと"いつものように"トイレに篭り、Oh!Yeah!と自発的に放出させると再び席に戻る頃には顔もすっきり、乾杯ビールに続いて軽やかに箸を滑らせる私だった。しかしこのときはまだこの後にあれほどのワッショイな出来事が控えていることを知る由もなかった。


 私と恥人が飲み直しとともに話題を変えプロレス談義に花を咲かせていたとき、目の前ではビールバブルが弾けてしまったように頭を垂れうつらうつらと記憶を飛ばしがちになっている男がいた。何も食せず何も話さずの姿勢に終始するしかない男を見かねて、全く手を付けられていない男の分の乾杯ビールを代わりに飲み干す。

 こうして幾ばくかの時が無駄に流れた頃、メニューから釜めしが「おいでおいで」と自分を誘っていることに気付き、トイレにひた走るとアンコールに応えOh!Yeah!を再度熱唱。出てきた頃にはポワ〜ンと旨そうな香ばしい匂いを立てて釜めし様が待ち構えていた。さっきまでの満腹三昧がウソのように一人で釜を囲み小鉢から勢いよくかっ食らう。

 すると1つの異変が目に入った。自力で体を支える能力を失った男が頭をテーブルに接着させすでに封神寸前になっている。それはまさにロープ際に追い詰められてクリンチでただただゴングを待つボクサーのよう。特に顔が青ざめているわけでも他人に迷惑をかけているわけでもないのでそのままの状態で放置しておいた、のだが・・・


 ちょうど釜めしの底が見えこれからオコゲの部分を堪能しようかというとき、"それ"は始まった。

『コポっ コポコポコポっ。。。』

 何かの培養液が一杯に満たされたビーカーから溢れ出るように、奇怪な音とともに男の口からつらつらと透明な液体が滴り始めたのだ。

「あらららら〜」

 咄嗟の出来事にただただ目を見開くしかなかった対岸の2人を傍観者へと追いやると、そのうち無色だった液体に固体までもがドロドロと混じり始めた。そう、どうしてもこの日の主役を譲れない男は民衆の面前でOh!Yeah!の片鱗を披露し始めたのだった。

「これはホントにヤバい!」

 普段から介抱される側の立場にしかいない私が素早くおしぼりを手に口を押さえOh!Yeah!の園へと男を搬送していく。

「手を洗うところではやっちゃダメよ!あれ修理するの10万かかるんだから」

 以前何者かにやられたのであろう災難を思い出したのか、やや厳しげな表情で圧力をかけてきた店のおばはん。「なぁに、しんぺーすんな。もうすでに今日2回も"経験済み"なんだから」と言ってやりたかったがこちとらそんな余裕もなかったか。

『グフォぅぅ。。。』

 間一髪間に合った。2人を閉じ込めた密室に備えられた陶器の底がみるみるうちにオレンジ色に染まっていく。薄れゆく意識の中で男は肺に残っていたひと握りの酸素を振り絞った。

「1つだけ教えてくれ」

「なんだ?なんでも言ってみろ」

「オレは・・・フラれたのか?」

「・・・何言ってるんだ。勝ったんだ!オマエは勝ったんだよ。だからオマエはこんなところで歩みを止めるわけにはいかないんだ。明日また行ってキメてくるって約束しただろ。あのコが待ってるぞ!」

「そうか、よか っ ・・・ た ・・・」

『ガクン。。。』

「まさか・・・おぃ!」

「おい!」

「オィィ!寝るなぁぁぁ」


 安らかに逝くがいい、友よ。この後、男は微かな理性に促されるがままにほうほうのていで自宅の門を叩いたと言う。この男の名は、"太った黒田"とでも伝えておくことにしようか。ちなみに私は帰り道にラーメンを摘み食いし帰宅後この日3度目となるライブを開きこの夜の一切の活動を終えている。


確か野球を観に行ったはずでは・・・
神宮外野自由奔放席

23:28:22 | guippo | | TrackBacks
Comments

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